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1892
D LEWIS が洋服仕立て業及び装身具用品店として取引を開始する。住所は GREAT PORTLAND ST.124番地。
1901年の国勢調査によると同住所に職業「洋服店」のDAVID アイザックスが居住者であったとされている。
伝統的な仕立業と同じく、D LEWISは紳士のAUTO SPORTSである飛行・MOTORINGの為の防護服の作製を始める。 |
1926
D LEWIS はMOTORCYCLE RACE専門の衣服製造を開始する。 |
1929
D LEWIS はこの年の5月3日に法人化する。販売代理業者はマイケルとルイスのアイザックス兄弟と
ネイサン・ジョーンズ。同時期の宣伝広告からは、同者がすべてのタイプの飛行・MOTORING-KITを販売していた事
が見てとれる。ナット・ジョーンズはランカシャーにて、飛行・MOTORING-KITとMOTORCYCLE用衣服の製造を
引き受ける。この年の12月、青年ルイス・アイザックスは同社の株主となる。 |
1930 D LEWIS はAVIAKITを自社の急増する飛行用衣服レンジのブランド名として発表する。会社の株式範囲は広がり、
全身丈のLeather Coat、2pieceの飛行服、Boots、Goggle、及びCottonの飛行服を含む。そのカタログには
誇らしげに「世界の政府機関の受託業者」と記されており、オランダ、インド、ベルギー、ポルトガル、南アフリカ
及びギリシャに代理店を持つ、とある。 |
1938 程なくRAFのエースとなるアレックス・ヘンショウが飛行機レースのキングスカップをD LEWISのD-POCKET
Leather Jacketを着用して優勝する。 |
1941
戦時中、D LEWISの小売り販売は飛行と燃料の規制により下向きになるが、同社はRAFへの衣服製産の規約があり、
又、ショップにおいてオーダーメイドにて制服等の注文ができる英国空軍将校への10%の割引を提供していた。 |
1945
第二次世界大戦とガソリン配給がD LEWISに大きな打撃を与えるが、会社はかつてのRAFの衣服をMOTORCYCLIST
や一般市民に販売することに成功する。 |
1950
ガソリン配給が5月25日に終了し、1951年の雑誌によるとD LEWISはカジュアル衣料を自社レンジに加えるなど、
新たな方向性を確立していた。 |
1952
航空・MOTORING及びMOTORCYCLE用衣料等を詳細に解説したカタログをリリース。またそれは、カジュアル
ファッションのアイテムやゴルフ等のスポーツ用衣料も含んでいた。シェフィールド、バーミンガム、セント・
アドバンズにショップをオープンする。 |
1953
D LEWISの宣伝広告を“MOTORCYCLE MAGAZINE”に掲載、当時国内で最大の衣料品・アクセサリーの会社となる。 |
1958
この年の5月、D LEWISは会社にとって最も重要であるアイテム“BRONX JACKET”を発売する。これより5年遡った
DAYTONA JACKETを改正したBRONX JACKETは、彼等にとって初めて特に10代を対象にした製品であり、
新しいモノであった。マーロン・ブランドを主演に据えた“THE WILD ONE”という映画の英国での上映禁止が告知され
てからというもの、国中のいたる所で10代の若者達はこういったジャケットに憧れていた。遂に若者達は彼等の
OUTLOW HEROのような格好が出来るようになった。この年の後半、BOMBERと呼ばれるPVCバージョンが予算の
厳しい客層向けに発売される。また、ヘルメット、トラックスター、コーカークラッシュベルトがAVIAKITのレンジ
に並ぶ。 |
1957
飛行服のレンジがカタログから姿を消すが、店頭ではまだ入手可能で、航空関係の雑誌にも宣伝されている。 |
1958
ロンドンのハックニーウィックにあるイートン校代表団が“59 CLUB”と呼ばれる場所でのティーンネイジャーの会合
を開始する。 |
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